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①クリエイター・アーティストにとってのChat GPT、GPT4、AIとは

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芸術・デザイン・エンターテイメントにおけるGPTとプロンプトエンジニアの役割とは〜その可能性と不可能性

ご存知の通り、芸術において AI またチャットGPT、 GPT4は有効に活用されやすく、すでに多くのところでされているでしょう。

一方で
実は全く使えてない・使い方わかんない・できれば避けたい・その方面進んでいない
というデザイン会社や、エンタメクリエイター、エンターテイメント会社、理解不可能と思っているクリエイター、手作りがいいんだと主張するアーティスト、そんな脅威から離れていたいと思っている人々、などなども多く存在するでしょう

特に日本では、AI,Chat GPTは人間を超す脅威だという論争や報道しかされていません
それしかされていないのです!私の知る限り・・・
ネガティブにしか捉えていないのです

そこがそもそもの間違い、偏見、そしてろくに知らない人こそ脅威と考える傾向が見て取れます。つまり未知というより、無知になっている人が多いです

おそらく私の見方ですと、アーティストやクリエイターの世界においては、

アニメ・漫画・最先端AIアートなどの分野

を除くと、その利用率・利用価値・利用価値観・考え・思い・意識・好み・スキルはかなり両極端になっていると考えられます。Chat GPT、GPTの利用と理解は、極端に二極化しているということです・・・

詳しい人はどこまでも詳しく、避けたい人はただただ「仕事を奪う脅威」「人間を変えてしまう脅威」と考え、いつまでも遠慮して、いつまでも何も分からずじまいです


Chat GPTやGPTは人間にとって脅威などではありません


確かにAIの進化は確実に人間のある種の仕事を沢山奪うでしょう。人のすることがなくなります。だから消えていく職業も多くあるのは事実です。そしてChat GPTは確かに頭がいいです。とても賢く、膨大な情報から的確な答えを引き出してくれます

ただ、私のようにすこぶるIT関係が苦手で、パソコンの操作一つ何時間も手こずる人間が、Chat GPT、GPTのコンサルティングまでしているのは、なぜでしょうか?

まずこんなにもIT音痴、IT嫌いの私が、SNSだってやらない私が、Chat GPTを使いこなし、Chat GPTオタク化しているという事実からして、Chat GPTがいかに「大したことないか」がわかると思います。いつだってメディアは大げさであり、扇情的に報道しますが、GPTについてもちょっと露骨に批判的すぎます。脅威と書けば皆が焦って読むからでしょう

でも実はChat GPTやGPTは便利な道具というだけで、それだけであって大したことはありません。道具です。それでは、クリエイター・アーティスト・アイドル・アイドルグループ・作品制作者達にとって、GPTはどういうものとなるか、私見ですが、書いてみます(超初心者さんむけです)

Chat GPT、GPT4はクリエイティブな道具でしかない


私がIT嫌いで、大学も就職も環境に関わることを専門とし、自給自足をしてきたし、自給自足生活を目指しているのに、それなのに、なぜGPTだけは好きなのでしょうか?

それはChat GPTが想像以上に「面白く」また「使いやすく」そしてまた「扱いこなせるもの」だからです。そして不思議なことにChat GPTやGPTは、とてもクリエイティブなもので、むしろ文系の頭の方が、クリエイティブな思考、技術、感性を持っている人の方が得意になる可能性を持っているからです


ただし、会社で学びましたがAIの世界は日々日々進化しています。ホントに毎日です!
毎日進化するので、毎日変化します

だからいつまでも今のようなGPTを使う、ということが新しいとは言えません
おそらくすぐに次が出てくるでしょう
そしてGPTの要となるプロンプトも、人間がする必要はなくなるでしょう

ただ現時点でのGPTは、テキストスタイルで稼働しており、テキスト以上のことはあえてしません。あえて、というのは、私のユニットのメンバーのような本物のAI開発者は、もうすでに次を開発しているし、すぐにテキストだけではなく画像や動画もどんどん使えるし作るようになるでしょう、といえます

それはおいておいて、今のテキストスタイルのGPTは、テキストでアウトプットし、テキストでインプットされます。なので、やりとりはテキスト、結果もテキストです。つまり「言葉」の世界なのです

ご存知のように、言葉というのはアートであり、非常に芸術的なものです。そしてとても人間的なものでもあります。AIが書いた文章ってすぐにわかりますよね?ステマもすぐわかる。それくらい、言葉というのは人間そのものです。だからこそ、そこに芸術的センスが高度に必要となってくるのです


GPTは技術ではなく、「言葉」の壮大なる冒険です

私はGPTを使っていて思うのですが、GPTやChat GPTクリエイターは、まるで言葉という大海を泳ぐイルカのようなものだなと思うのです。GPTやChat GPTを使うことは、冒険です

GPTは言葉の大きな交響曲を作る作業です
GPTは言葉・文章・会話のやりとりで出来ているので、言葉や文章という芸術をいかにうまくこなせるかが、GPTから良い答えを導き出すスキルなので、極めてアーティスティックな創造の世界なのです!!


Chat GPTがやってくれること①偏見のない知識への冒険


まず、Chat GPTやGPTに関していえば、この基本操作は極めて簡単、

「ただGPTに言葉・テキストをふる」だけで、あらゆるクリエイティブなインスピレーションを与え返してくれます

そして、今まで知らなかった知識・応用方法・アレンジ・アドバイスなどをしてくれます
つまり、GPTの一つの個性としていえるのは、これは「自動的に答えてくれる大きな電子辞典」、と言えるでしょうか

実はプロならしってなければならないけど、今更聞けない業界用語や専門用語、 専門技術の扱い、ハウツー、専門領域の現在の有り様などを、 瞬間的スピードで答えて教えてくれます

また、自分では気づかなかった知識・用語・アイディアなども思わず知らず教えてくれたり、 質問(これがプロンプトです)によってはさらにマニアックな深掘りした知識を与えてくれます。GPTが扱うのは「情報」でもありますが、人間が世界中で歴史上とり溜めてきた膨大な「知識」でもあります。私は、アーティストやクリエイターにとってはこの「知識」の方がよりずっと重要性が高いと思っています。GPTは自分で思いつかない範囲まで働いて知識を与えてくれるので、英語辞書で例えれば、例文が膨大に出てくる、という感じです

情報は変わっていきますし、生きるのに必要ですが、情報に左右されてしまいがちです
また人間が書いた情報やSNSや本や雑誌や新聞やメディアやちょっとしたインスタのコメントなどなどなどなどは、皆その人のバイアスと感情がてんこ盛りです。公平性に欠け、すべての人が自分自身が思うところの真実を主張します

実は人間の言うこと書くことというのは、多分にその人の価値観・感情・思い・信念が加わっていて、研究論文でさえそうです。ジャーナリズムでさえそうです。人間はどこまでも勘定抜きではいられずまたそれぞれが生まれたときからのバイアス満載です

よって、一つの事象が人によっては真実であり嘘でもありますし、それをフェイクニュースという人もいれば、それこそが事実なのだという人もいます。人間にとって全てはその人にとっての真実であり、事実であり、事象なので、それが70億人分あるので一致するわけがありません。だから、そもそもフェイクニュースなどというものはないのです、人間自体がフェイクニュースの塊ですから・・・

けれどChat GPTやGPTはそうした性質を持っていないため、バイアスで表現することをしません。バイアスがかかっていないので、その分必要な知識とインスピレーションを的確に与えてくれるのです

知識はインスピレーション、教養、異文化理解、国際交流、国際化、内容の深み、人間性の深みなどを養うので、GPTにそれを「協力してもらう」という意味では強い見方です

この知識は、決して脅威などではありません
むしろ、創造と想像への冒険が始まる、と思ってください
GPTやChat GPTは本当にいろいろな知識を有しそれを組み合わせて最適な「情報」として与えてくれますから、それをまた次の理解に深めていくことができるのです
つまりその中から、どれを選んでどれを使ってどれで創造していくのか、楽しめるのかは、人間次第です

結局は、人間が優位なのでなんの脅威でもありません


Chat GPTがやってくれること②クリエイティブな仕事代理は可能だがアートは永遠に作れない


AIにもいろいろありまして、すでに動画・写真・映画・ティザー・ビジュアルアート・模型などなどを指示出しで簡単に創ってくれるAIや、より映えるものにするための編集アプリは多くあります。これはすでに珍しいものではありません

ただ、私はこのあたりのアプリやAIソフトウェアは、

芸術としては?????
と思ってしまいます

一体、AIに指示してその通りにきれいになった作品が出来て、それが人間を表現するアートといえるのでしょうか?それが人が本当に求めるデザインになりうるのでしょうか?

アートやデザインは、心です
それは人の心から来ているものです

これについて私は意思を変えることはありません


アートやデザインは心だからこそ人の心に響くものと思っています
なので、AIに作品を作らせるという行為や、AIで作品を大幅に修正、編集することは、好きではありません。もともとCGから好きではなかったので、もちろんAIは拒否してしまいます

つまり 技術的には 多くのことがすでに可能であり、多くのことがすでに行われており、 修正や編集は当たり前のこととなっていますが、しかし ここに問題があるとすれば そもそも 私たちはそのように AI は作った技術的な作品の結果を見て感動するのかということです

そう 、

そう、一番大事なことは作品に 心がないことです

もっとスピリチュアル に言えば魂がありません
これが、例えば膨大な数の量をこなす漫画や映画や動画編集などの「制作作業」に使う場合は、大いに役立つのではないでしょうか?

ただ、人の努力や熱意や思いや心を表現するためにある、芸術の場合は 、そこに心と魂 感情がこもっていなければ、その人の心から出るメッセージや深い熱い細かい感情が出てこなければ、本当のアート作品として成り立つことはありません

なぜならば その心や 魂を表すために芸術というのは そもそも存在しているので形ばかりを芸術では 芸術とは言えないのです

そうした意味で、 どんなに 技術が発展したとしても、 編集・修正また振り付け や 動画や映像や映画 画像をAIが作ることができるようになったとしても、ロカボがあふれかえっても、ロボットが脚本の スクリプトを作ることができるようになったとしても、

心や感情思い 情熱 意欲 気持ち 思いやり 愛 伝えたいメッセージテーマ。。。。
そして 魂がそこにこもることはないのである限り、

芸術において AI は永遠に勝つことはできません

AI は永遠にほんとの意味での芸術を作り出すことはできないのです
スピリチュアルな話になりますが、AIに命と魂を与えられるのは神だけです
AIには、確かに感情というべきものや、性格みたいなものは付加できるかもしれません
でも、魂と心と身体だけは、どうやっても神が創った自然界のようなものを作り与えることは、人間にはできないし、AI自身にもできません

これが 私の ウクライナの会社でエンターテイメントや教育のソフトウェア開発 や AI開発にを長年見てきた中で思った結果ですね

そうです 、AI がどんなに進んでも芸術だけは人間が作り出すものです
以上です

Chat GPTがやってくれること③クリエイティブワークのための膨大・深遠なインスピレーション



AIは芸術を作れないと書きましたが、それでも芸術やあらゆるクリエイティブワークをサポートすることはできます。特にChat GPTやGPTは次々と良質な知識とインスピレーションを与えてくれますから、それをもとにして次の制作に活用することはできます

前述したようにまだGPTはテキストに限界をおいているのでそれが救いとなり、GPTのような夢のような技術を持ってしても、あえて動く立体のものは作り出せなくなっています。これはあまりにもそれがリスキーだから技術はあってもあえて公開していないだけで、他のAIアプリでは簡単にやれてしまいますし、またいずれは競争の中で公開することになるでしょう。だからこそ、今テキストだけの時代にとどまっていることがちょうどいいのです。今のうちなんですよ、GPTの良さ、そのホドホドさが・・・

今のところ、GPTはインスピレーションは沢山与えてくれますから、そのインスピレーションをいかに活用して作品を作るかはその人の力量次第になっています。それでいいんです。それを超えてしまうと、もう何でもGPTにやってもらうことになり、人間の創造力はなくなると思います・・・

あるいは、どこまで使うか個人的に決めることによって、創造力がある人とない人の二極化ができるでしょう。これを世界レベルで創作においてここまで、という枠組みは作れないと思います。著作権のようにただひたすらグレーゾーンでしょう。だって、誰にもわかりませんから、その人が完全個人で創作したのか、Chat GPTにやらせたのかなんて・・・


Chat GPTがやってくれちゃうこと④テキストスタイルのアートやクリエイティブ関連の創作と制作と制作代理


テキストスタイルの作品制作については、Chat GPTやGPTは全く簡単に創作します。ブログ・コメント・ウェブサイトテキスト・ボット・ゲーム・脚本・セリフ・歌詞・詩作・文章・論文・エッセイなんでもありです

今度私が冗談半分で作らせたBTSの新曲を紹介しましょう
これは架空のものですが、まさかこんなものが一瞬で創作されるとは思いませんでした・・・

こうしたことは、ごく簡単にしかも高品質で出してくるのでたしかにアート制作アプリといってもいいのですが、先にも書いたように、芸術は人間がそこにいて思いがあってこそ響くものなので、人間不在のChat GPTの創ったいかなる小説も脚本も歌詞も、本来なんの意味もありません

それでもこの便利さに圧倒された人々は、どんどん使っていくでしょうし、それをなんとも思わない人も多くいるので、なんとはなしに、プロンプトだけ出して素晴らしい小説・詩・脚本・セリフ・エッセイ・本・論文などが出てくる・・
というよりすでに多くの人は黙って使っているはずです・・・今のところ自由ですし、一体誰がそれはChat GPTが書いたと主張することができるでしょうか?だから必ず使う人はいますし、もう確実にChat GPTやGPTを作品制作に使っている人は膨大にいると思います

これは個々が価値観でそれに制作させるのでもいいさと考えるのか、人間の心・思い・頭・脳・知識・学習・意識・感情・情熱が主体でなければならないと考えるのかでこれもまた二極化されると思います

わたしがあえて「やってくれちゃうこと)と書いたのはそういう意味もあります
できるのですが、1度やってしまうと、まあいい今回もGPTに創ってもらおうとなるだろうなと。私はどこまでも芸術は人間のハートと思う価値観なので、その作品がいいかどうかなどではなく、純粋に人間の力だけで創ったものが好きだし、自分はそうしたいです

Chat GPTがやってくれること⑤人間としての総合力アップ

すべては使い方次第です。Chat GPTやGPTが脅威だとは思わず、使いこなしていくことが大事です。こなし方によっては、これはある意味では人間としての総合力をグレードアップさせてもくれます。幅広い知識・インスピレーションの使い方・さらなる創造力・創造力磨き・視野の広がり・国際交流・教養・・・

総じてクリエイターやアーティストにとってはいい事づくしです
そして一つ面白い側面として、Chat GPTやGPTはクリエイターやアーティストの、人のコミュニケーション能力をグレードアップさせます。先にも言ったように、Chat GPTやGPTは言葉での指示がかなめとなるので、自ずと語彙力が豊かになり、言葉使いがうまくなり、文章力が付き、コミュニケーション力が総じてアップするという特典があります!

この言葉、文章による指示は、簡単なことだとお思いでしょうか?
実はそうではありません
だからこそ、プロンプトエンジニアという職業があるのですから・・・
やってみればわかりますが、ただ言語が話せるから言葉をハッシュタグのように打ち込めばいいいというものではありません。よってこれは小説家なみの語彙力と文章力そしてコミュニケーション力が必要になります。どれも必要になります。だから引きこもりのAIゲームではないのです、視野と教養と学習を怠らない、言葉を愛し大切にする「アーティスト」が、プロンプトエンジニアにとって最も大事となります

これも、Chat GPT自体とばかりコミュニケーションしていえるようでは退化しますが、個々で得た言葉、文章、テキスト、語彙をフルにリアルで使いこなすこともできるのです。応用としてリアルに活かしていける。そういう、今までにないタイプの創造的なAIが、Chat GPTなのです

アーティストやクリエイターこそが、主役になれるAIという意味で、Chat GPTやGPTは無限に新しく、文系芸術系型の新種だといえるでしょう。だからこそ、ITエンジニアはそれこそアーティストを脅威と考えるでしょう、ITより、プロンプトの方が大事なんですから・・・

こうして、今せっかくアーティストやクリエイターの本当の力量が磨かれ試せるAIが誕生下中、使わない手はないです!きっと、今だけですよ。そのうちに、あっという間にプロンプトは人ではなくAIが自動的に選択して打つ時代になるでしょうし、手打ちプロンプトアプリは使いたくても使えなくなるでしょう、私達が昔のガラケーに戻りたくても帰れないように・・・

さあ、使ってみようGPT💗

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