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武術とボディワークで美しく・強く・やさしく・創造的に。

武当派武術とは?Why Kungfu and Martial arts now?

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お世辞じゃないよ、
中国武術はやっぱり世界最高❤

私はこのスタジオや、主に女性向けのサロンにて幅広く太極拳から気功、武術ボディメーキング、武術動作指導などなどをしていますし、自分は「世界の武術を平等に考え、どれというこだわりを持たず”武術”そのものを多様に学び、修練し、伝えていきたいと思っています

ただ、私を武術に導いたのは、何と言っても中国武術です
そして私見ですが中国武術ほどにすごい叡智はないと思っています
中国武術はまさに5千年の歴史がつまった知恵の集積であり、ただアチョー!とカンフーしているのではなく
武闘に気功、いわゆるマインドフルネス、瞑想、老荘思想や孔子孟子孫子まで、幅広く学びます

武当派武術の特徴とは?

武当派武術といっても中国ならではの鷹揚な世界観で、どの流派も等しく扱い取り入れます
よって武闘武術だけではなく太極・気功・八卦掌・八極拳・各種伝統舞踊・武当派ならではのオリジナルワークアウトまでどんどん取り入れて修練していきます。

そして他では使わない武器なども使いますし、他にはない套路も多いです
道教的な技・方術・法術・仙道・符術・易・武躍・舞踊・瞑想・仏法学習・導引・
気功・摩訶不思議な仙人術など、きりがないほど 範囲が広くバリエーションもムーブメントも学習範囲が広大なのが特徴です

もちろん、それでも根幹としての武当派式の方法論からはずれることはありません


また漢方、薬膳、養生法、音律術、水墨画、書道、易経、碁、将棋、歴史、芸術など、なんでも学び実践します
また武当派は道教に根差しているため、もともと祈禱する役目もあり、そのため仙術・法術・練功など特に日本人が「バカにするような」ことも、陰陽五行の理論をもって実践することもあります

武当派は中国の公式伝統武術であり、世界遺産にあるように「治世玄岳」の意識で
世のため人のために武術文化を生かすという使命も持っています

武当派ほど幅広くあらゆることを学ぶ流派はないと思っています
それは日本茶道と同じく、総合藝術だと思っていますし、武当派武術を学ぶことで同時にたくさんの知恵、生きるための知恵、自然観、流れるような生命観、なども育まれていくものです

武当派武術から得られるものは計り知れないほど広大で雄大なので、私はそれに魅了され、はじめました

その一方で、いろいろやりすぎて武術は生温いんじゃないの?と思う人もいるかもしれないですが、
武術はかなりダイナミックでかつ詩的です

相手打倒のために筋肉を使ってプロレスのようなことをすることもありますが、
内家拳の代表でもある武当派は、多くは自分を鍛え、内功を重んじ、自分の軸・中心が力強くなることを目指します。そして柔軟かつ多様な武術を駆使し、
更に世や人々のために尽くすことを自負しています

そして他では使わない武器なども使いますし、他にはない独特のムーブメントや套路も多いです
道教的な技・方術・法術・仙道・符術・易・武躍・舞踊・瞑想・仏法学習・導引・
気功・摩訶不思議な仙人術など、きりがないほど 範囲が広くバリエーションもムーブも学習範囲が広大なのが特徴です

もちろん、それでも根幹としての武当派式の方法論からはずれることはありません


また漢方、薬膳、養生法、音律術、水墨画、書道、易経、碁、将棋、歴史、芸術など、なんでも学び実践します
また武当派は道教に根差しているため、もともと祈禱する役目もあり、そのため仙術・法術・練功など特に日本人が「バカにするような」ことも、陰陽五行の理論をもって実践することもあります

武当派は中国の公式伝統武術であり、世界遺産にあるように「治世玄岳」の意識で
世のため人のために武術文化を生かすという使命も持っています

武当派ほど幅広くあらゆることを学ぶ流派はないと思っています
それは日本茶道と同じく、総合藝術だと思っていますし、武当派武術を学ぶことで同時にたくさんの知恵、生きるための知恵、自然観、流れるような生命観、なども育まれていくものです

武当派武術から得られるものは計り知れないほど広大で雄大なので、私はそれに魅了され、はじめました

武当派武術を定義するなら?

武当派はとても広範囲に「武術なるもの」をとらえていて、
かつ神妙で不思議な世界観を持った総合藝術かつ技術です

武当派は武術そのものだけではなく、書道・漢字練習・瞑想・水墨家・茶・
儒者並みの四書五経その他古代の哲学の勉強・特に易経と論語の勉強・詩歌
なども修練・練習・修業としています

何といっても一番大事な文化的修練は音楽。

これは音楽を重視してきた孔子に通じるものがあります
使う楽器は笛と琴

大抵の武当派武術家は笛か琴か両方ができ、毎日朝から音楽から始まります
一日中音楽だけをしている道士もいます、これも修業なのです

これは音律術といいます

※「陳情令」を参考にしてください

またいつも言うように、武当派にとっては三教(仏教・儒教・道教)を
学ぶことも武術であり修練です

特に、土台となるのは老子と荘子の道教ですから、まずは老荘思想、
そして道教的考えや捉え方を学びます
例えば、陰陽五行や八卦、易などを重んじます

また「流れるようにあるがままに」という老子の生き方を学びます

その一方で、仏教や儒教も尊重しており、どちらもかなり学びます
これもまた、陳情令の座学合宿さながら、座学もかなりやるのです
人としての教養、生きる知恵、武当派の叡智、自然宇宙観などをここで磨きます

だから中国武術の中では一番座学が多い流派と言えると思います

独特の動きや太乙や龍門派の舞踊系武術、仙術的修練法や少林寺的修業など、非常に多用な
要素があり、とにかく中国武術のほぼすべてを網羅しているというほどです

そしてそのスタイルの美しさはコンテンポラリーダンスにも通じるところがあり、
よって武当派は世界のあらゆるパフォーミングアーツに応用され、武術指導に起用されるのです
また金庸作品をはじめとして現代のネット小説から史劇ドラマまで、武当派武術がインスピレーションを
与えていると思われるものはたくさんあります

武当派は名門宗家


ウィキペディアでみると
「武当派(ぶとうは)は、武俠小説などにおいて名門の一派として登場する中国武術の一派。張三丰(太極拳の創始者に仮託されている)が創設したとされる。武当山を本拠とする。」

とあるだけであまり深いことは何も書いていません

一方、共同通信を通じて中国政府が解説した武当派は以下の通り。

「武当山の自然景観は圧巻で、「世界で最も美しい山」として知られている。武当山には中国で最も完全かつ最大の道教建築物群が現存している。この建築物群は地形の特徴を十分に活用し、頂上、山間部、坂、岩、小川に宮殿を建設して中国建築芸術の「人と自然が調和して共存する」優れた伝統を反映し、「自然を、そして人と自然が1つになることを追究する道」という伝統的中国文化の考え方を示している。そのため、武当山は「古代中国建築の成果の博物館」、そして「崖に取り付いた紫禁城」として知られている。

武当武術は中国武術の主要流派の1つで、武術と健康維持法の自然なコンビネーションだ。それは深淵な武術の伝統文化を持つだけでなく、極めて優れた科学的根拠も備えている。太極、陰陽、五行と八卦といった古代中国の哲学を拳法の動作原理、拳法技術、鍛錬の指針、武闘戦略に適用している・・・・」

出典:共同通信prwireより

正直、誰の説明よりも政府の出している解説文、これがもっとも端的かつ適切な武当派の説明です

武当派武術は中国3大名門の一つであり、日本の伝統文化と同じ扱いです
ですからそれを継承する宗家、あちらでいうと世家のようなものが存在し、大体そうした宗家は正式に武当派を引きついで、また継承者を育てているので新たな継承者や武術者を養成するための学院を持っています

よって、宗家と呼ぶより武当系学院と呼ばれていることが多いです
こうした武術学院は、金庸作品には必ず出てきますし、また陳情令の各氏にもあり、その存在ととても似ているので見た人はすぐに想像がつくでしょう

武当山が世界遺産になり、2020年12月、太極はユネスコの人類無形文化遺産の代表的な一覧表に登録されたくらいですから、武当派武術は本当に、お世辞なくおおげさでもなく、カンフー人憧れの江湖武林を今も継承する
中華文化の本流・源泉・核心・歴史・道教的生活文化・知恵といえるものが沢山詰まった、

壮大な特色を持つ中国伝統文化としての、また圧倒的なパワーを持った武術流派です



カンフーはやればやるほど雄大で神聖なもの~言葉を超えた世界

でもカンフーって、やればやるほど説明するのがおそらくとても難しいことじゃないって思い、書けなくなる..文章化できない世界なんですよね、特に中国武術は「氣」を用いますから

また中国武術は自然観や宇宙観があって、万物は氣でできているという解釈からはじまるので、自然や宇宙との一体感を何より大事にし、練習は基本自然の中でしますし、自然と一つになることを目指しています

また自然の中で生きる知恵やサバイバルできる能力と力も磨いていきます
それは東洋のスピリチュアルでもあり、またスピリチュアルな意識がなくても
何千年という歴史に裏打ちされた独自の生活の知恵ととらえることもできます

それで、どうやったら中国武術の魅力についてブログで、文章で分かってもらえるか考え続けてきたんですけど、それはもう無理だと分かりました

ある意味、中国武術・カンフーを説明しよう、解説しようという意識を諦めて手放したんです


中国武術は言葉で説明できない、それをはるかに超える壮大なものだとはっきり理解したんで、
もう自分の文章でなんとか解説しようとか、無理をしないと決めたんです

自分が文章にできること、したいことだけをとにかく書いておこうと。
それを誰かが読んでちっとも面白くなくても、意味不明でも仕方がない

なぜなら、

中国武術とは身体で体感するものなんです

だから、今は「何とか魅力を伝えなきゃ」と考えず
とにかくすこしでもいい、やってみてください、トライしてみてくださいと言いたいと思います
中国武術はやはり身体がベースで、知識は膨大ですがまずは身体感覚を磨いていくことからはじまる
それに参加していただくことを、目標にしています

中国武術を文章化するのが難しい理由の一つに、まずとにかく歴史が長くかつ武術同士が柔軟なので新旧入り交じり、そこに民間武術などもあり、地方によっても違い、あまりにも沢山の流派があって皆が違うことを言うので、よほどの武術研究家でもなければ要約することすらできないほど膨大な技と知識の集積があるからです

中国武術は、歴史がとんでもなく長いために、どれがどう、というきちんとした定義ができません。定義しているのは各流派の達人がそれぞれ言いたいことを言ってそれぞれに解釈しているだけでこれが正しい、これこそ中国武術というのは特定できません

長い歴史の中でいろいろな人がいろいろな技を交えてマッシュアップして、
すべての流派は今に至っています。おそらく固定化した流派はないと思います

武当派武術のスタイルをドラマ陳情令に見る

出典陳情令テレビドラマガイド

この彼を見てください

これが武当派の古風な伝統的な本当のスタイル、武当派の戦士は道士であり、
本来はこういう感じです

金庸作品に必ず出ているのが、武当派の武術家たちです
彼らは道士や仙師として描かれ、実際に武当派の継承者はイコール道士です
道士とは道教に帰依して道教的生活をしているいわば僧侶ですが、彼らは武術も道教的生活スタイルの継承も
専門としています

道士は老子や荘子の教えを土台とし、道教的ライフスタイルをしながら、武術を教え、
生き方の規律を教え、健康になる秘訣を教え、そして武当山にあるように、「治世玄岳」
のために生きています。それはつまり社会や人のために自らを生かす生き方、さらに自分を磨いて修練に生き、余計なものをすべて省いて、老子のようにただ流れるがままに宇宙自然と一つになって生きています。

金庸作品でも道士はそのように描かれていますが、そもそも金庸作品をみて武当派に入門したわたしです
その動きの多様性・学ぶ領域の多様性・歴史の長さ・効果の確かさ・柔軟性と寛容性・美しい動作・
武術体系の広さ・練功や連取方法の多様さ・教養を重んじ座学も沢山行う知性と知恵・単純にカッコよさ、
そして常に義侠心を忘れない道士の姿に
あこがれを持つようになりました

日本でも中国ドラマにおいては今までになりほどのブームとなった陳情令でも、道士は出てきます
上記の暁星塵はまさに道士ですね
というか、言ってみれば彼らは名前は違えども中身ややっていることはつまり、武当派であり道士といえます

印象的なシーンの一つに、藍氏での座学合宿を終えた日に魏無羨が祈っていますよね
「悪をくじき弱きを助ける者となれますように」
これはまさに道士の模範的な姿であり、「治世玄岳」の精神です
本来道士とはそういう存在でした。そのために武術を用いたのです。

陳情令に出てくるキャラクターは仙師ですが、もともと仙師は道士ともいえるでしょうし、限りなく仙師と道士は近い存在です。実際道士は仙術にたけており、武当派開祖の老子のような仙人的な生き方を目指しているともいえるからです
(武術そのものは張三丰が開祖と言われています)

さらに言えば、陳情令では道士としては描かれていませんが、魏無羨のお母さんは蔵色散人という、道士です。この蔵色散人が道士なのは、暁星塵の師匠であることではっきりします
暁星塵はまさに道士の格好をしていますし、社会のために遊歴している優れた道士です

ということは、魏無羨の母が道士であり、魏無羨も本来は道士、
つまりは武当派の血を引いていることになります

武当派が日本で広まらなかったわけ

もともと、武当派武術をする人と言えば、道教に帰依した道士でした

今でも武当派を継承しているのは、道教の道士であり、少林寺における武僧に相当します
武当派が他の格闘技系な武術と違うのは、
もともと老子由来の道教の武術だからです
道教は宗教というより、正直生活全般の叡智ともいうべきもので、私たちの生活にも
あちこち道教の影響があります

よって他のあらゆる中国文化同様に、武当派にとっての中心は「氣」です
氣を練り、氣を鍛錬し、氣を用い、氣を洗練させ、氣を持って戦う
一般には氣を重んじる系統の武術を内家挙といいますが正にその代表です

そこでは強くなって相手を倒すことより、自分を修練することに重きが置かれるため
これだけ文化面の学習が多く、ユニークで、飽きることはないのです

また、道士は日本で言えば古代から続く宮司さんに役割が似ています
よって、民や民衆、昔風にいえば天下太平に導くために、多くの祭祀に関わり、
また人々を助ける仙師のようなところが昔からあります

ただ、武当派武術をやりたい人が全員道士になる必要はありませんし
何らかの教義や偶像崇拝があるわけでもないです
そう、教義やアイコンや規則や偶像はないんです
老子のように、ただあるがまま。
この自然さが、欧米で大歓迎され、カンフーという東洋の健身法というオリエンタルなイメージと同時に、
考え自体も自由、極論をいえば「考えなんかない、考えなくていい、生命を自然のように流して鍛えよ」、
これが疲れ切った欧米社会にとてもとても響いて、大人気のボディムーブメントとなって今でも多くの学院があります

多分、道教そしてもともとをたどれば武当派の始祖である老子自体が、
あるがまま自然と生きる、という人だったので、教義とか偶像崇拝を嫌ったからでしょう
師匠が言っていたように武当派武術は水のようなもの。水のように流れよと

老子は人はただ自然であり宇宙であり、あるがままに生きるでよし、とだけ言いました
それが今でも武当派の根本です

ただあるがまま。
今に言うマインドフルネスをすでに大昔から実践していた武術流派ということですね

道士の目指すことは、ただひたすら、健康、教養、修練、自然体、治世玄岳とマインドフルネス。
つまりこの世をよくするために、
そして自らは自然宇宙に還るために、
それをもってして自らや人々を助けるために道士は古代から活躍しました

まさに陳情令の2人の祈り、
「悪しきをくじき、弱き人々を助けることができますように」が武当派の原点です
だから、格闘技を嫌う傾向があります

格闘技ではないのですが、技の多さと美しさには芸術性があり、多様性があるため
実際には非常に多くのドラマや映画で武当派を
原点・インスピレーションとした武術が展開しています

技の特異性と美は、詩情さえ感じ、
観ていて「これこそ江湖だ」と思わせる神聖さがあります

よって、その教養の深さと技の多様性、独自性と人生哲学ゆえに、
いわば武当派の武術家は、「芸術的仙師武術家」とも言えます

仙師は、主に仙術を使い、つまり古代中国で言えば氣を用い、
常人ではできないような術を使って戦ったり、癒したり、最終的には不老不死をめざします

その根本的には氣という見えざる力を使って事をなしていきます

この氣の概念をそのまま武術にしたようなところこそが、武当派の他と大きな違いです
そこが、武当派があまり日本で大きく広まらなかった理由でもあると思っています

日本では、欧米のようにタオイズムは流行っていません
一方欧米では、タオイズムは日本の禅と同じく大人気です

また日本では、未だに「氣・エネルギー」という概念を認められずにいます

そういうものを中国武術をやっている日本人さえ「珍妙だ」とバカにするようなこの国では、

氣を何より重んじ、不思議な世界観を持つ(と言っても厳密に言えば不思議でもなんでもなく、すべては易と陰陽五行と氣を重んじているだけなのですが・・・。無知というのはそういうものです)武当派の武術を、わけのわからないものとして敬遠してきました

日本人は古来から、自分が気感をもっていないからと言って、
わけのわからない見えないものをどうしても受け容れられず、

論理的に考える孔子でさえ受け入れているのに、日本は儒教の中でさえも
氣を学ぶ機会はほぼなかったと思われます

そういうわけで、武当派は中国では名門でありながら、
日本ではメジャーな武術にはなっていません

また、これをメジャーにやっている人も観たことがありません
武当派を知っている人も少なくもちろん教室も先生もほぼいません

仮にやっていたとしても、うちの師匠や隣の学院の大師兄のように、
古代からの伝統的本物の武当派をどれだけ受け入れているのかは分かりません

とにかく日本人特に男の人はスピリチュアルなことにアレルギーがありますから。。。

しかし、こんなすごい力量を持った武当派という智慧が、
古代から存在してきたのに、ほとんど日本で広まらなかったことは残念なことです

武当派はヨーロッパ
そしてアメリカで人気になった

このように、とても中身が豊かで多様性と芸術性がある武当派は
見ているだけでも感動してしまうムーブメントであり、
かつやればやるほど健康になる健身法でもあります

先にも言ったように、この素晴らしい総合藝術にまず先に気づいたのは、欧米でした
欧米では新しいスピリチュアルな意識の広まりと共に
科学にしばられない、古代からの智慧や叡智に答えを求めよう
というムーブメントがずっと続いています

そしてそれを特に東洋の哲学や古代生活技術作法などに求めてきました
その点では、どんなに政治的にガチガチな関係でも、民間レベルでは武当派武術は東洋と西洋、
中国とヨーロッパを結びつける役目を果たしています
政治的にはガチでも、武術を通して中国を尊敬し尊重する人が欧米には大変多いのも事実です

現在、特にヨーロッパそしてアメリカでは、タオイズムが人気です
武当派はタオイズムを土台にしていますが、欧米では
中国のこのタオや老荘思想に憧れる人は少なくなく、
よって武当派は海外にも学院(宗家分家)を作り、海外進出しています

私もアメリカの武当派学院分校から習い始めました
今や、武当派の師匠たちは欧米人は当然としても、中国の老師たちも皆英語ペラペラです
海外に武当派を広めていくため、英語は普通に話しています

武当派の持つ力強さ・身体動作の美しさ・実際に健康になる有用性・年を取らず若返るスキル・多くの芸術の修練・中国古代哲学のみならず、三教も学ぶその奥深さと知恵とスマートさ。

中国ドラマブームでようやく武当派武術にも注目が!

それらは、現代生活に疲れ、また商業主義や競争に疑問を感じるようになった欧米の人々から注目されるようになって、今、やっとやっと日本でも再認識されるようになりました
それを何といっても大きく後押ししたのが陳情令です
陳情令ブームの人気や、中国ドラマの人気が、今中国武術の再考と関心を後押ししています

こうして、武当派は世界に飛び立ち、世界レベルの武術になっていっています
今や多くのエンターテインメントの中に、武当派の影響をとってみることができます

武当派の技を面白おかしく使ってはほしくはないですが、
それでも武当派という素晴らしい総合芸術によって皆が健康になっていけるならば、
なんと素晴らしく、嬉しい事でしょうか!

そう、結局武当派の目指すところは
心・体・魂の健康と強さです
それを楽しく実現していくのがこの流派なのです

人々が武当派をやってみたいと思って、ぜひこの雄大且つ壮大な武術の世界を経験し、練習し、本当の力、本当の美、本当の若さ、本当に大事な人としての礼と徳を学んでくだされば
これこそ、武当をするものにとっての喜びです

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